SFの世界が現実に? 3Dフードプリンタが拓く食の未来

著者:清水昭雄(三重大学医学部附属病院リハビリテーション部)

1. はじめに

ボタンを押すだけで、美味しい料理が自動的に出来上がる。かつてSF映画やアニメで描かれた夢のような光景が、現実のものとなりつつあります。私たちが想像した未来の食生活を「3Dフードプリンタ」という技術は現実のものにする可能性を秘めています(図1)。本コラムでは、3Dフードプリンタの基本的な仕組みから、その可能性と課題、そして私たちの食卓がどのように変わっていくのかについて解説します。

図1.3Dフードプリンタがもたらす未来のイメージ

2. 3Dフードプリンタの仕組み

3Dプリンタと聞くと、樹脂などを材料に立体物を造形する機械を想像する方が多いと思います。3Dフードプリンタの基本的な原理は3Dプリンタと同じです。設計データ(3Dモデル)に基づき、ノズルからペースト状や粉末状の「食材インク」を一層ずつ積み重ねていくことで、立体的な食品を造形します(積層造形方式)。

食材インクには、野菜や果物のピューレ、チョコレート、チーズなど、様々なものが利用可能です。これらのインクを充填したシリンジをコンピュータ制御によって正確に造形されます。加熱機能を持つ機種では、印刷と同時に調理を行うことも可能です(図2)。

図2.実際の3Dフードプリンタ

3. 何が作れるのか?その可能性

現在、3Dフードプリンタはピザの生地とソースを印刷したり、複雑なデザインのチョコレートや砂糖菓子を製作したりするのに活用されています。その応用範囲は広く、特に注目されているのが以下の分野です。

嚥下調整食: 食材をミキサーにかけたペースト状の嚥下調整食は、見た目の問題から食欲が湧きにくいという課題がありました。3Dフードプリンタを使えば、ペースト状の食材でも、元の食材の形(例えば魚や人参の形)を再現することができ、見た目にも美味しい食事を提供できます。また、患者一人ひとりの栄養要件に合わせて、栄養素を精密にコントロールした食事を作ることも可能です。

代替タンパク質: 昆虫食や藻類、培養肉といった新しいタンパク源は、持続可能な食料供給の観点から注目されています。これらの原料をペースト状にして3Dフードプリンタで成形することで、抵抗感の少ない、より受け入れられやすい形の食品を開発できます。

宇宙食: 長期的な宇宙滞在において、宇宙飛行士の生活の質を維持・向上させる上で「食」は重要な要素です。3Dフードプリンタは、限られた資源から多様なメニューを提供できる可能性を秘めており、NASAなどでも研究が進められています。

4. 未来の食生活と課題

将来的には、各家庭に3Dフードプリンタが普及する時代が来るかもしれません。個人の健康データ(アレルギー情報、必要な栄養素など)と好みを入力するだけで、最適な栄養バランスの食事が自動で調理される。有名レストランのシェフが考案した料理のデータをダウンロードし、自宅でその味を再現する。そんな未来がすぐそこまで来ています。

しかし、本格的な普及にはまだ課題もあります。印刷速度の向上、使用できる食材の種類の拡大、コストの低減、そして食品としての衛生・安全基準の確立など、技術的・制度的な複数のハードルを越える必要があります。

5. おわりに

3Dフードプリンタは、単に食品を造形するだけの技術ではありません。食事の個別最適化、フードロス削減、新たな食文化の創造など、食にまつわる様々な課題を解決し、私たちの生活をより豊かにする可能性を秘めた革新的なテクノロジーです。今後の技術の進展と社会実装に、大きな期待が寄せられています。

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