前田圭介(愛知医科大学)
摂食嚥下障害を持つ成人患者さんの栄養ケアについて、JWINDが発表した重要な論文「Nutritional Management in Adult Patients With Dysphagia: Position Paper From Japanese Working Group on Integrated Nutrition for Dysphagic People」を、概説します。
摂食嚥下障害は高齢者の生活の質に大きく関わる問題であり、その栄養管理は非常に重要です。この論文では、発表当時の知識をまとめ、栄養管理の課題と将来の展望を提示しました。

摂食嚥下障害と低栄養の切っても切れない関係
まず、摂食嚥下障害とは、病気や加齢などが原因で、食べ物を噛んだり飲み込んだり、水分を摂取したりするのが困難になる状態を指します。高齢化が進む日本において、摂食嚥下障害を持つ人の割合は増加傾向にあります。脳血管疾患、神経筋疾患、認知機能障害、がん、サルコペニアなども嚥下障害の原因となります。
摂食嚥下障害は、単に「食べにくい」という症状の問題だけに留まりません。低栄養、脱水、窒息、誤嚥性肺炎、再入院、そして死亡リスクの増加といった深刻な予後不良につながることが指摘されています。特に低栄養は、嚥下障害を持つ患者さんにおいて頻繁に発生し、生活の質(QOL)を著しく低下させる重大な懸念事項です。
JWINDは論文の中で、低栄養と嚥下障害は密接に関連しており、相互に影響し合うことを強調しました。低栄養は全身の骨格筋量や筋力の低下、嚥下関連筋の萎縮を引き起こし、サルコペニアにおける嚥下障害を誘発する要因となります。また、摂食嚥下障害の患者さんに提供されることが多い嚥下調整食は、通常の食事に比べて栄養価が低い傾向があり、十分なエネルギーやたんぱく質を摂取しにくい状態を作り出す可能性があります。したがって、さらなる低栄養や筋肉量の減少を招く悪循環に陥る可能性があります。
嚥下障害を引き起こす主な疾患と加齢の影響
様々な疾患や加齢が嚥下障害と低栄養のリスクを高めます。
- 脳卒中(Stroke):脳卒中患者の30〜70%に嚥下障害がみられ、最大62%に低栄養が確認されています。回復期には特に嚥下障害と低栄養の関連が顕著になり、食欲不振も大きな問題です。管理栄養士(RDs)による専門的な栄養ケアが不可欠です。
- 神経筋疾患(Neuromuscular Disease):パーキンソン病では進行性の嚥下障害と52%の体重減少が報告され、筋萎縮性側索硬化症(ALS)では慢性的なエネルギー摂取不足が一般的です。重症筋無力症(MG)では、サルコペニアや肥満が予後不良につながることもあります。
- 認知症(Dementia):認知症患者の嚥下障害の発生率は50〜87%と非常に高く、機能障害、低栄養、呼吸器感染症、死亡率の増加と関連しています。患者さんの摂食・嚥下機能に応じた栄養ケア計画の確立が必要です。
- がん(Cancer):頭頸部がん、食道がん、胃がんなどのがんや抗がん剤治療は、嚥下障害を引き起こすことがあります。嚥下障害のあるがん患者さんでは、QOLや予後が悪化する傾向があるため、早期の栄養スクリーニングと継続的な栄養状態の評価を含む複雑な栄養介入が重要です。
- サルコペニア(Sarcopenia):高齢者における嚥下障害の独立した危険因子であり、低BMI、低栄養、身体機能の低下を伴うサルコペニア性嚥下障害は特に注目されています。運動療法と栄養療法を組み合わせた包括的介入が効果的です。
- 加齢(Aging):加齢に伴う嚥下機能の軽度な低下は老嚥(Presbyphagia)として知られています。これに加えて、認知機能や口腔機能、身体機能の低下、うつ、多剤服用、味覚・嗅覚の変化などが複雑に絡み合い、食欲不振や経口摂取量の減少を引き起こし、嚥下障害や低栄養につながります。
適切な栄養評価と診断の重要性
摂食嚥下障害を持つすべての患者さんにおいて、栄養状態の評価と診断が推奨されます。しかし、そのための「ゴールドスタンダード」となる評価項目はまだ確立されていません。
推奨される栄養評価項目には以下のものが含まれます。
- 栄養スクリーニング指標:Mini Nutritional Assessment Short Form(MNA-SF)などの簡易的な質問票やShort Nutritional Assessment Questionnaireなど。
- 身体測定:BMI、体重、上腕周囲長、上腕筋周囲長など。
- 身体組成:生体電気インピーダンス法による骨格筋量、体脂肪率、除脂肪体重など。
- 食事評価パラメータ:摂食パターン、絶食期間、食物摂取量、エネルギー摂取量、食物摂取頻度調査など。
- 血液バイオマーカー:血清タンパク質など。
2018年に提案されたGlobal Leadership Initiative on Malnutrition(GLIM)基準の診断評価項目にもこのコンセプトは含まれており、摂食嚥下障害患者さんのベースライン栄養評価に活用されるべきだと考えられています。 特に高齢患者さんにおいては、上記の項目に加え、老年医学で重要視されるような、筋力と身体機能、認知機能、食欲、口腔機能、多剤服用、社会経済的問題なども評価する多職種による多角的な評価が望ましいとされています。

嚥下調整食の課題と工夫
摂食嚥下障害患者さんにとって、安全かつ効果的な嚥下を助けるために嚥下調整食やとろみ調整された飲み物の提供が重要です。しかし、その名称やレベルは国内外で様々であり、統一された用語の必要性が叫ばれています。日本では「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021(JDD2021)」が広く使用されており、国際的には「International Dysphagia Diet Standardization Initiative(IDDSI)フレームワーク」が導入されています。これらの分類を理解して使用することが重要です。
一方で、嚥下調整食の提供にはいくつかの課題があります。
- 栄養摂取量の不足:嚥下調整食を摂取する患者さんは、通常の食事と比較してエネルギー摂取量が少ない傾向にあります。食欲不振がその一因である可能性も指摘されています。
- 低栄養と筋肉量減少のリスク:調理法によって栄養密度が低下することがあり、低栄養や筋肉量減少を引き起こす可能性があります。低栄養は嚥下機能の改善を阻害するため、TMDsの栄養密度に配慮が必要です。
- QOLの低下:食事の形態や液体の粘度を調整することは、患者さんのQOLを低下させる可能性があります。窒息や誤嚥を防ぐ形態が、必ずしも患者さんが望む形態ではないことを医療従事者は常に心に留めるべきです。
不必要な食事制限を避け、食事の外観や風味を改善することは、食欲不振やQOLの改善に効果的であるとされています。
個別化された専門的な栄養介入の戦略
摂食嚥下障害を持つ患者さんには、個別化された専門的な栄養介入が必要です。管理栄養士は、嚥下機能と栄養状態を維持・改善するために、リスクまたは嚥下障害の早期発症の段階から、多職種チームの一員として専門知識に基づいた個別ケアを提供するべきであるとJWINDは考えています。
摂食嚥下障害者に対する栄養介入は大きく以下の4つのカテゴリーに分類されます。
- 食事形態と液体粘度の調整:
- 嚥下の安全性と有効性を向上させます。
- 窒息や誤嚥のリスクを低減しますが、患者の満足度やアドヒアランス低下を招くこともあります。
- 医療従事者による教育的介入と組み合わせることで、アドヒアランスが改善する可能性があります。
- 過度な嚥下調整食を避けるため、定期的な嚥下機能評価と通常の食事への移行を目指すことが推奨されます。
- 食事の栄養密度向上:
- 食品への栄養素の強化は非常に実行可能な方法です。
- 中鎖脂肪酸オイル、プロテインパウダー、栄養価の高い食品の添加は、嚥下調整食の満足度を高め、栄養摂取量を増やし、栄養状態を改善します。
- 経口栄養補助食品(Oral Nutritional Supplement; ONS)の介入:
- 嚥下調整食を必要とする低栄養リスクの高い患者さんにとって、ONSは栄養摂取を最適化する効果的な戦略です。
- 早期のONS提供は費用対効果も期待できますが、機能的改善に関するエビデンスはまだ不十分であり、さらなる研究が必要です。
- 包括的介入(Comprehensive Intervention):
- 間食の提供:栄養価の高い間食は、高齢の嚥下障害患者さんに好まれることが報告されており、栄養摂取量を増やす効果が期待されます。
- 食事時間の介入:身体的支援(食事の切り分けや口元への配慮)と社会的支援(対話、励まし、情緒的支援)を組み合わせることで、食事の満足度が向上することが示されています。食事環境の改善や、栄養補助食品の提供なども関連します。ただし、嚥下障害患者に特化した研究は不足しており、さらなる研究が必要です。
- 人工栄養の検討:経口摂取のみでは栄養目標を達成できない場合、胃瘻や経鼻胃管による人工栄養も検討されます。サルコペニア性嚥下障害患者では、適切な経口または経腸栄養と運動の組み合わせにより、体重増加、栄養状態、身体機能、嚥下機能が改善することが報告されています。ただし、人工栄養には侵襲的な処置が伴うため、医療上の適応と患者さんおよび家族の意思を考慮した、医療従事者、患者、家族間の共有された意思決定が必要です。
今後の実践と研究への提言
このポジションペーパーでJWINDは、摂食嚥下障害を持つ患者さんの栄養ケアに必要な知見を提供しました。管理栄養士は、患者さんの栄養特性を適切に評価し、個別化された専門的な栄養管理を提供する必要があることが期待されています。嚥下機能と栄養状態を維持・改善するためには、リスク状態または嚥下障害の早期段階から、多職種チームの一員として専門性を活かした個別ケアを提供することが重要です。
しかし、栄養と嚥下障害の関連性に関する体系的な臨床実践と研究はまだ不十分です。介入研究を通じて栄養サポートの効果を検証するなど、さらなる臨床実践とエビデンス構築が必要であると結ばれています。
参考文献
Ueshima J, Shimizu A, Maeda K, Uno C, Shirai Y, Sonoi M, Motokawa K, Egashira F, Kayashita J, Kudo M, Kojo A, Momosaki R. Nutritional Management in Adult Patients With Dysphagia: Position Paper From Japanese Working Group on Integrated Nutrition for Dysphagic People. J Am Med Dir Assoc. 2022 Oct;23(10):1676-1682. doi: 10.1016/j.jamda.2022.07.009. Epub 2022 Aug 17. PMID: 35985419.