前田圭介(愛知医科大学)
近年、医療・介護従事者の間で「サルコペニアと嚥下障害」が重要なテーマとして注目を集めています。関連する研究論文や発表が増加している一方で、その概念や病態生理学的関係については、明確な基準や定義がないまま広く議論されてきた側面がありました。このような状況を受け、日本の4つの学会(日本摂食嚥下リハビリテーション学会、日本リハビリテーション栄養学会、日本サルコペニア・フレイル学会、日本嚥下医学会)が共同で「サルコペニアの摂食嚥下障害(sarcopenic dysphagia)」に関する公式見解をまとめたポジションペーパーを2019年に発表しました。
サルコペニアの摂食嚥下障害では、口や喉の運動療法だけでなく、栄養療法が重要です。
サルコペニアの概念
「サルコペニア」は、ギリシャ語の「sarx(筋肉)」と「penia(失う)」を組み合わせた造語であり、1989年に加齢に伴う筋肉量の減少として初めて提唱されました。2010年には、欧州のワーキンググループが「サルコペニアは、身体能力の低下、QOLの低下、死亡などの有害な転帰のリスクを伴う、進行性かつ全身性の骨格筋量と筋力の喪失を特徴とする症候群である」と臨床的定義と診断手順を発表しました。その後、2016年には国際疾病分類ICD-10に「M62.84」として登録され、国際的に疾患として認識されるようになりました。サルコペニアの診断には骨格筋量の減少が必須とされ、これに加えて筋力(握力)や身体機能(歩行速度)の低下が考慮されます。

サルコペニアの摂食嚥下障害の定義と病態
「sarcopenic dysphagia」という用語は、2012年の黒田らの論文で初めて使用されました。この概念は、2014年に開催された日本摂食嚥下リハビリテーション学会第19回学術大会のシンポジウムで初めて議論され、その場で「全身の骨格筋(全身の筋肉)と嚥下関連筋の両方におけるサルコペニアに起因する嚥下障害」と定義されました。この定義は現在まで改訂されておらず、全身にサルコペニアが存在しない場合はサルコペニア性嚥下障害と診断すべきではないとされています。また、神経筋疾患によるサルコペニアは除外されますが、不活動、栄養不足、疾患後の一次性および二次性サルコペニアはサルコペニア性嚥下障害に含まれます。
嚥下関連筋の特異性も重要です。嚥下筋は組織学的には横紋筋に分類されますが、その発生学的起源は体性筋とは異なり、呼吸中枢からの常に刺激を受けて活動しており、特に呼気に同期した活動を示します。このような特性により、一般の体性筋と比較して、嚥下筋は不活動による萎縮に抵抗性があると考えられています。しかし、加齢や疾患、栄養失調などによって嚥下関連筋も質量を失い、嚥下機能の低下につながることが示されています。例えば、舌の萎縮、オトガイ舌骨筋の萎縮、咽頭壁の菲薄化などが観察されています。
発生メカニズムと危険因子
嚥下関連筋の筋力低下は嚥下障害と関連しており、舌圧の低下は加齢に伴って健常高齢者でも見られ、脳卒中患者や神経疾患のない高齢者においても嚥下障害との関連が報告されています。全身の筋肉量減少やサルコペニアも嚥下障害と関連しており、がん患者、心血管手術を受けた患者、アルツハイマー病患者などで報告されています。さらに、全身のサルコペニアは、入院中の高齢者における嚥下障害の独立した危険因子であると報告されています。
サルコペニアの嚥下障害の危険因子には、骨格筋量減少、栄養不良、低ADL(日常生活動作)が挙げられます。入院中の高齢者において、入院前に嚥下障害がなかったにもかかわらず、2日以上の禁食が続いた患者の26%に新たな嚥下障害が見られ、これらの患者は全身性サルコペニアを観察開始時に認めました。これは、全身にサルコペニアが存在する場合に嚥下障害が発生することを示唆しています。また、誤嚥性肺炎の患者が安静臥床や不適切な栄養管理(例えば、末梢静脈栄養で1日300kcalのような不十分な栄養摂取)を続けた場合、廃用性筋萎縮や栄養不良による筋肉量減少が急速に進行し、全身および嚥下関連筋のサルコペニアが進行して嚥下障害を引き起こすと考えられています。

診断と治療
サルコペニア性嚥下障害の診断には、日本摂食嚥下リハビリテーション学会第19回学術大会のシンポジウムで提案された診断基準が基盤となっています。
- 嚥下障害があること。
- 全身性サルコペニア(全身の骨格筋量と筋力低下)があること。
- 画像検査で嚥下筋量の減少を認めること。
- サルコペニア以外の嚥下障害の原因が除外されること。
- 嚥下障害の主な原因がサルコペニアであるとみなされること(脳卒中、脳損傷、神経筋疾患、頭頸部がん、結合組織疾患など、他の原因が存在する場合でも)。 臨床現場では、嚥下筋量の測定が困難なため、Moriらによって嚥下筋量の評価を含まない診断アルゴリズムが開発され、信頼性と妥当性が検証されています。診断指標としては、舌圧(20kPa未満)などが用いられます。嚥下関連筋の筋肉量は超音波検査、CT、MRIで評価可能であり、特にオトガイ舌骨筋の超音波評価は信頼性と妥当性が高いとされていますが、実臨床での実施は保険適応との兼ね合いなどで、困難と考えられています。
サルコペニア性嚥下障害の治療には、嚥下筋への嚥下リハビリテーションと全身の栄養サポートの両方が不可欠です。これまでの症例報告では、高齢、栄養失調、低ADL、疾患(誤嚥性肺炎やがん)を伴う重度の嚥下障害患者に対し、嚥下リハビリテーションと理想体重に基づく約35 kcal/kg/日の栄養サポートを組み合わせることで、体重増加、ADL、嚥下機能の改善が見られています。また、嚥下筋の抵抗運動がサルコペニア性嚥下障害の改善に効果的である可能性も示唆されています 。
予防のためには、できるだけ早期に全身の状態と嚥下機能を評価し、早期のリハビリテーション、早期離床、早期経口摂取を開始することが重要です。不必要な臥床や絶飲食、不適切な栄養管理による医原性サルコペニアの予防が、サルコペニアの嚥下障害の発生を防ぐ上で非常に重要であると強調されています。
参考文献
Fujishima I, Fujiu-Kurachi M, Arai H, Hyodo M, Kagaya H, Maeda K, Mori T, Nishioka S, Oshima F, Ogawa S, Ueda K, Umezaki T, Wakabayashi H, Yamawaki M, Yoshimura Y. Sarcopenia and dysphagia: Position paper by four professional organizations. Geriatr Gerontol Int. 2019 Feb;19(2):91-97. doi: 10.1111/ggi.13591. Epub 2019 Jan 9. PMID: 30628181.