摂食嚥下障害における栄養管理の全国実態調査報告

白井祐佳(浜松医科大学医学部附属病院栄養部)

 摂食嚥下障害は、栄養摂取そのものが制限される疾患です。この障害に対して適切な栄養管理が行われなければ、患者は容易に低栄養やサルコペニアに陥ります。その結果、免疫力が低下し、感染症などの合併症リスクが高まるだけでなく、再入院率の増加や在院日数の長期化にも繋がり、患者のQOL(生活の質)を著しく低下させます[1]。したがって、安全に食べることができる食形態の工夫と共に、個々の患者が必要とする十分な栄養量を確保するという観点からの栄養管理が不可欠です。

 では、日本の医療現場では、実際にどのような栄養管理が行われているのでしょうか。その実態を明らかにするため、私たちJWIND(Japanese Working Group on Integrated Nutrition for Dysphagic People)は、全国5,376の病院を対象とした大規模な実態調査を実施し、その結果を国際的な学術誌Cureusに報告しました[2]。

 本調査の結果、まず栄養管理を担う体制に施設間の大きなばらつきがあることが明らかになりました。栄養管理の担当者について、「病棟担当の管理栄養士」が担う病院が59.6%と最も多かった一方で、「担当者は決まっていない」と回答した病院が26.7%にものぼりました。さらに、摂食嚥下障害患者に対する「多職種チームがない」と回答した病院は58.7%と、半数以上に達しました(表1)。医師、看護師、管理栄養士、言語聴覚士など、多職種が連携して行うチームアプローチは、患者の転帰を改善することが多くの研究で示されています[3]。この調査結果は、そのエビデンスが実臨床に十分に浸透していない「エビデンス・プラクティス・ギャップ」の存在を示唆しています。

表1.栄養管理担当者と多職種チームの有無 (参考文献[2]のTable1をもとに筆者作成)

 さらに、嚥下調整食の運用に関しても、重要な課題が明らかになりました。他院との間で、嚥下調整食の名称や物性が異なると感じた経験がある病院は84.8%に達しました。その背景には、自院における嚥下調整食の基準を、他院と共有している病院がわずか37.2%しかないという実態があります。嚥下調整食の物性に関する病院間の解釈の相違や情報共有の不足は、患者が転院や在宅へ移行する際の誤嚥リスクを高め、安全性を損なう要因となり得ます。

図1.他院との嚥下調整食の名称や物性の違いについての経験 (参考文献[2]の本文中の結果に基づき筆者作成)
図2.他院との嚥下調整食基準の共有 (参考文献[2]の本文中の結果に基づき筆者作成)

 これらの調査結果は、嚥下調整食という仕組みが形式的には普及しているものの、その中身である物性や栄養価、さらには施設間での連携といった「運用の質」が十分に標準化されていないという実態を示しています。 本調査で明らかになった課題に対し、JWINDはポジションペーパーで提言している「嚥下調整食の標準化」や「多職種連携」の実現を目指し[1]、今後も科学的根拠に基づき、日本の栄養管理の質を向上させるための活動を継続していきます。


参考文献

[1]Ueshima J, Shimizu A, Maeda K, et al. Nutritional Management in Adult Patients With Dysphagia: Position Paper From Japanese Working Group on Integrated Nutrition for Dysphagic People. J Am Med Dir Assoc. 2022;23:1676-82.

[2]Shirai Y, Ueshima J, Maeda K, et al. Nutrition Support in Dysphagia: Japan Nationwide Hospital Survey on Nutritional Values, Diet Characteristics, and Dietitians’ Roles in Texture-Modified Diets. Cureus. 2025 Jun 17;17(6):e86191.

[3]Suzuki H, Furuya J, Nakagawa K, et al.: Changes in nutrition-intake method and oral health through a multidisciplinary team approach in malnourished older patients admitted to an acute care hospital. Int J Environ Res Public Health. 2022, 19:9784.

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