宇野千晴(名古屋学芸大学管理栄養学部)
日本では現在、嚥下障害を持つ人が100万人を超えると推計されています。高齢化にともない、食べ物を噛む力(咀嚼機能)や飲み込む力(嚥下機能)が低下する人が増え、食事の形や柔らかさを調整した「嚥下調整食」の必要性はますます高まっています。
嚥下調整食には、食材をやわらかく煮る、ミキサーでペースト状にする、ゼリー状にするなど、食べる機能に応じて段階が設けられています。ただし水分を多く使うため、食事のボリュームが増えたり、見た目が単調になるなどの課題もあります。料理本来の形や食感が失われると「何を食べているのか分からない」と感じ、その結果「食べたい」という意欲が低下して、食事摂取量の減少や栄養不足という悪循環を招く恐れがあります。だからこそ、安全性だけでなく「見た目のおいしさ」や「食べる楽しさ」を守る視点が、これからの高齢化社会ではますます重要といえます。適切な食品選択やひと手間の調理の工夫によって、窒息や誤嚥(飲食物が気管に入ること)を防ぎながらも、食べる喜びを保つことができます1)。そのため、食形態を分類し、食べる機能に応じた食品・調理法を選択できるよう、食形態の標準化が進められています。
1.日本における嚥下調整食の発展
1980年代頃から、病院や高齢者施設で「刻み食」「ミキサー食」など独自の工夫による食事提供が広まりましたが、施設ごとに基準が異なり統一性に欠けていました。2002年に、日本摂食嚥下リハビリテーション学会が「嚥下食ピラミッド」を提唱し、嚥下食分類・整理の第一歩となりました。2013年には「学会分類2013」が公表され、全国的に用語や基準が広まりました。現在は「嚥下調整食分類2021」が策定され、国内の標準的な基準として広く活用されています。
写真は実際の高齢者施設で提供されているメニューの一例です。どの食材も舌と上あごで潰せるほどの柔らかさに調理され、元の食材に近づけるための型抜きやカット、煮くずれしやすい食材の丁寧な盛り付けなど、繊細な作業によって調理されています。

2. 世界における嚥下調整食
実は国内外で嚥下食の基準は異なります。シンガポールやアメリカでは食べ物の固さや形状を重視して基準を定めていますが、日本の学会基準は嚥下力や咀嚼力を重視しています。2013年には国際嚥下食標準化イニシアチブ(IDDSI: International Dysphagia Diet Standardisation Initiative)が発足し、世界的な嚥下調整食の標準化が進められました2)。IDDSIは、液体と固形物(食品)のテクスチャー(口当たり・食感)を0~7段階で定義しています。特に英国やオーストラリアでは国や公的機関がIDDSI基準の導入を推奨するなど、現在はグローバルスタンダードとなりつつあります。日本でも「嚥下調整食分類2021」でIDDSIとの整合性が考慮されています。
まとめ
嚥下調整食は「安全性」だけでなく「楽しさ・見た目・味」を両立する工夫が欠かせません。命を守る食事であると同時に、生きる喜びを支える食事でもあります。今後もJWINDは、摂食嚥下障害を有する方々の栄養問題に対して、科学的根拠に基づき、日本の栄養管理の質に向上に向けた活動を続けていきます。
参考文献
1)Smith R, Bryant L, Hemsley B. The true cost of dysphagia on quality of life: The views of adults with swallowing disability. Int J Lang Commun Disord. 2023 Mar;58(2):451-66.
2)Cichero JA, Lam P, Steele CM,et al. Development of International Terminology and Definitions for Texture-Modified Foods and Thickened Fluids Used in Dysphagia Management: The IDDSI Framework. Dysphagia. 2017 Apr;32(2):293-314.


